老舗 乾佛具店

初代会長インタビュー

誠実な商売心がけて70年
全社員が各宗仏事に精通
初代会長

誠実な商売心がけて70年全社員が各宗仏事に精通

高知市洞ヶ島の薫的さま前に老舗「乾仏具店」がある。そばには30番札所の安楽寺があり、市内でも閑静な場所。この地に大正10年、初代社長・乾梅吉が開業。今年で70年を迎える。以来、2代目社長・一重(初代会長)、3代目社長・良臣と受け継がれてきた。日本郵船で外洋航路勤務だった会長が店に戻ったのは昭和11年。初代が既に遍路用具や仏壇も扱っていた。「父、梅吉は誠実一路の人でした。それを受け継いで、いまも誠実、正確、確認をモットーにしています」と一重会長。

商売の誠実さ、仕事は正確に約束を守る、納品の時には一つひとつ手に取り、品物を確認する、老舗ならではの商売哲学である。支払いもそのひとつ。最近まで会長自ら、京都や徳島の仕入先へ代金を払いに行っていたほど。生産業者を大事にする姿勢は、厚い信頼関係を生む。おかげで業者がわざわざ、いい仏壇を回してくれたこともあった。

また、取引先だけでなく顧客に対する誠実さも忘れてはならない。いい商品は値段も高い、それを勧めるのに、値引きに頼るのはどうか。それよりもそれぞれの宗派の知識を社員が身につけ、後々相談されても助言ができるようにしよう。会長の考えで全社員が各宗派の仏事に精通するようになった。それが、また信頼を呼ぶ。お客さんの紹介で仏壇を求めにくる人が増えた。

会長に由来を伺ってみた。現在の仏壇の形ができたのは江戸時代の初期。キリシタン弾圧と期を一にして、幕府は民衆の所属寺を決め、家には仏壇を置くようになった。それまではお床に掛け軸を掛け、花を捧げたり、香をたいていたという。「仏壇は家の中心に置かれ、ご本尊やご先祖を祭るだけでなく、自信の生き方を見つめ直し、自然や回りの人に生かされていることを感謝する場所。信仰心の強い香川県では家を建てるときに、購入する仏壇の予算を別に取っておくほどです」 普通、建築費の1割程度を充てるというから何百万の仏壇になる。香川県人の信仰の厚さを物語っている。

仕事柄、電話でよくお布施の相場を尋ねられる。寺への寄付のように思っている人も多いが、先祖へ差し上げるもの。できるだけ先祖への気持ちをこめて差し上げていただきたい。もともと、お布施は、感謝の気持ちを布で差し上げ、僧侶はそれで袈裟を作ったことに由来する。そんなふうに会長は、信仰心を支えながら答えるそうだ。

培った商売の勘で事業拡張 郊外店舗が躍進に貢献

次男の良臣さんが家業を継ぐようになったのは昭和45年。幼いころから店を手伝っていた経験が役立ち、仕事にもすぐなじめた。商売は順調だったが、若い3代目には疑問もあった。高額のものが売れない。お遍路の仕方も変わってきた。客数も頭打ちの状況だ。待ちの商売はもう限界にきている。これからは店外でもセールスする時代だ。昭和49年、良臣24才の直感だった。

昭和55年、出店第1号の安芸店がオープンする。信仰心の厚い東部地域に、まず足がかりを築く。もちろん、出店には十分な準備をして、当時、同業者にはいなかった営業マンも配置。総勢7人でのスタートだった。その成功をもとに同61年土佐道路店をオープンさせる。
「この時は、父や社員からも反対されました。自分も不安がなかったわけではないが、絶対いける。そういう勘があった。一か八かの気持ちでした」と当時を振り返る三代目・良臣社長。
この土佐道路店が、一気に躍進するきっかけに。今では本店に匹敵するほどの売り上げで、乾仏具店のもう一つの柱になった。昨年暮れには知寄町店と南国店を開店。 「これからは総仕上げの時期だと考えています。各店舗を独立採算制へもっていきたい」。セールスマンを採用して早くも15年。社長の胸中には、育ってきた社員を店長にして経営を任せようという気持ちがあった。

昭和62年には本社、支店の不動産管理部門として、有限会社乾を設立。続く63年には仕入れと卸部門の乾商事を独立させ、経営の多角化を図った。着々と企業の基盤を固めるとともに、会社に貢献した社員を責任あるポストに就かせた。

社員を信頼して任せる“ひとを生かす”経営理念

同社は社員の定着率が高い。その秘密は独自の社員教育と経営者の心づかいにある。会長が日本郵船時代に社員教育の大切さを実感し、家業に移入した。毎朝の朝礼もその一つ。全員でまず、お経をあげる。何はさておいてもお経を覚えることが、信仰心を養い、仏教を広めるのに役立つ。また、チームプレーを大事にする。仕入れ、店頭や社外でのセールス、配達など全員が同じ目標に向かって努力する。一人だけに苦労をさせない。

一方で、経営者として福利厚生にも気を配る。全員が有給休暇をとれるようにし、社員の誕生日は休暇に。また、年一回の人間ドック入りも行っている。社長の方針は、まず、社員を信用し、任せること。仕入れからセールスまで一切を任せる。彼らの後ろには家族がいる。失敗したくてする者はいない。責任は本人が一番自覚している。もう一度発奮してくれればよい。とにかく“ひとをいかそう”それにこたえるかのように、社員からの提案で研修会を開くようになった。営業活動の終わった後、各宗派の著名な住職を招いての勉強や、セールスの研修なども自主的に毎月1回行っているそうだ。

信頼のおけない者や、チームワークを破り、営業力をそぐような者はいらない。実績を上げる者は昇格させる。メリハリの効いた人員登用だ。
「愛情の一方通行にならないようにしています。忘年会はやめて、全員が参加しやすい食事会を開いています。3ヶ月に1度ですが、各店間のミーティングや意思の疎通にも役立っています。残業も強要はしない。ただ、会社に貢献する者には報いたい。業績を伸ばした者を店長にしたのも同じ気持ちからです。優秀な社員が多いので、この分では近く、また出店計画を考えなくてはいけませんね。(笑い)。社長の器が会社の大きさを決めるといわれますが、これからももっと勉強しなくてはと思っています。」と社長。
仕事への厳しさとともに温かい愛情——-笑顔の中に、企業のトップとしての自信と社員への信頼が読みとれた。

高知新聞 平成3年2月28日掲載 より